自分のお名前。

こんばんは。仲村真貴子です。

「名は体をあらわす」

…っていう言葉がありますが。

ドイツにもこの感覚、ちょっとあるみたい。
ドイツ人の人の名前についての話題になったとき、
「Katharinaって名前の人、大体気が強いよね…」なんて話になりました。
(全Katharinaの皆さん、すみません…(笑))

先日、さんざんやった自己解析の項目の中に

「自分の名前が、自分の指針になっている」

…という項目があって、ちょっと、自分の名前について考えてみることに。

まず、「なかむら」という苗字。

海外でも発音しやすいのと、「なかむら」という苗字の人に結構有名人が多い(サッカーの中村俊輔選手、歌舞伎役者の方々など。)ことから、割とすぐ覚えてもらえる…というのはちょっと得でした。50音順でも、アルファベット順でも、真ん中くらいであまり変わらず。
でも、物心ついたときから、両親が決まり文句のように言っていたセリフ。

「『なかむら』の『なか』には『にんべん』があります。」

そう、漢字にすると『中』ではなく、『仲』なのです。

村にも人はいるはずだけど、そこにさらに「人」がついている…ということは、人と人との間、あるいは村同士の間を取り持つ、つなぐ…なんてことになりそうですね。

さて、名前のほう。

時系列を追って…(笑)

→仲村家初の孫娘誕生(従兄弟2人と兄で、それまで全員男)
→両親が祖父母に「名前の希望は何かありますか?」とお伺いをたてる
→社会福祉の権威、敬虔なクリスチャンの祖父は
「『真実』の『真』の字をつけて欲しい」と要望
→悩む両親…
真理も重いし、真実も重いし、「まゆちゃん」はすでに友達にいるし…
→「あ、『まき』ってのはどうだろう!」とひらめく
真樹だと男の子と間違いそう、「真季」ってのはどうだろう?!

→…そこへ兄が登場
「『まきちゃん』、じゃなくて、『まきこちゃん』がいい。『子』を付けたい。」
→…兄弟の意見は尊重すべき、と再び悩む両親…
「『真季』に『子』をつけると、『子』が2つ並んでしまう…
紀州の「紀」は何か違う、
理科系の父は、希望の「希」だと「希塩酸」という言葉がナゼか先に浮かんでしまったらしく、「希望が真にうすくなってしまうのは困る」と思ったらしい。(…マイナス思考じゃない?笑)

…それで、ようやく

『真貴子』

となったワケでございます。

なんとなく字面もいいし。…と思ったらしい。

小さい頃は、一体何本線を引いたらいいのかワカラナイし、大体マジックで名前を書くともれなく真っ黒になり…修正ペンで線を引いた思い出なんかもあります(笑)

”真”に、”貴”(とうと)い、子……

…一体、どんな顔をして生きていけばいいのかワカリマセンが…

ちなみに。
留学するよりも前にドイツで習ったことがある先生が、東洋人に愛称として西洋人の名前をつけて呼んでいたのですね。例えば、Julia(ユリア)とか。
私、そこで”Elisabeth”(エリザベス)って言われたんです。

…え??なに??女王????!
みたいな。(笑)

理由を聞いたら、「高貴な感じがするから。」だそうで。
真偽のほどはともかく、これは自分の名前に重なるな…と思って不思議な気持ちになった記憶があります。

日本とドイツの「名は体をあらわす」という感覚。
自分の名前のルーツや、自分の名前が持つ意味…

探ってみると、意外な発見があるかもしれません。
やってみて!!!

それでは、また!
仲村真貴子



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