音楽を好きでいること。

こんにちは。仲村真貴子です。

…最近、別件でHPを触る機会が多くありまして。
「そう言えば、自分のヤツはどうなってるんだ?」
と思って、久々に開いてみると。
諸々仕様が変わっていてビックリ!
これはヤバいぞ!!

…とか思いながら。

何より驚いたのは
公開記事が334もあったこと。
「自分自身に励まされる感覚」っていうのは
意外とこういうことを言うのかもしれない…
とか思いました。

ご無沙汰しております。

2年ほどこのサイトを放置プレイをしましたが
暮れに契約を延長しまして
引き続きサイトは存続するようです。笑

さて。
私にとってパンデミックの期間が何だったか?

と言えば…

自分の感覚が鋭くなった、とか
何かの違和感に気が付くようになった、

とか言うよりも…

そういった「違和感」が
「隠せなくなった時間」だったな、と思うわけです。

端的に言えば、
大したことないことで
何となく他の人と意見が合わなくなることが増えたし、
それを擦り合わせるような元気がなくなった、
と言う感じ。(…なんか深刻っぽいけど。笑)

その意味で
人と接したり、何かを書いたり表現したりすることが
非常にしんどくなりました。

まぁ、そんな感じだったかなぁ。
別に「一生やらない」とか
「2度とやらない!」とかじゃないけど、
またその気になるまでは諸々休もう、と思って。

「隠せなくなった」のに「隠れよう」って、
何か逆説的ではあるんだけど…

その間、
お世話になっている人に毎日のように3000文字くらいの作文(爆)を
送りつけてみたり(嫌がらせではありません、念のため)
たまに鬼練してみたり、
謎に家が大変なことばっかり続いたり、
海に行ったり、香りにハマったり、
音楽とは全く関係のない人たちに会ったり、
久しぶりに愛すべき友人から連絡をもらったり、
いろんなことがありました。

休むんだったら安心できる場所で思いっきり!
とか思うけど、
現実的にはお金だけは確保しておいた方がいいと思いますね。笑
まぁ、体のいい哲学的な時間だったと言うことにしましょう。(半分冗談)

「音楽を好きでいること」

ツラい時も、いつも音楽があったから…

とか言えたらいいんですが。
現実としては、逆で。

音楽が好きで
音楽家になったはずが

「音楽を好きでいることって、ツラいな…」

とか思ったわけです。

好きなことを職業にすると稼げない、とか
課題が絶えないとか、もう限界だ!とかよりも

単純に距離感がワカらない。

何か「好きってなんだろう?」
「今の私は音楽が好きなんだろうか…?」
みたいになっちゃう訳ですよ。

別に何でもいいじゃん、
好きなんだったら好きだし、
たまにはイヤな時だってあるじゃんねぇ…

とか、元気なときだったら思うけど。

坂口恭平的に言えば
「好きっていうハードル上げすぎ!」
ってヤツかもしれません。

音楽が好きなら、音楽家ならば、
四六時中弾いているべきで
そうじゃないヤツは「好きって言わない」

みたいな、謎にストイックな思考になっていたかな、と。

ドイツにいた時も
本番が多すぎて逆に欲求不満になりつつ
「忙しいのは幸せだ!」と無理に思いすぎて
具合が悪くなるのがしょっちゅうだったけど…

要するに
「自分のペースを知らなかった」
ってこと。

どのくらいの距離感がいいのか、
どのくらいだったら調子がいいのか、
どんな時にしんどいのか。

飽きっぽくはないのだけど、
音楽「だけ」ってなると意外としんどいのは事実なようで。

「こうじゃなきゃ、音楽家じゃない!!」
みたいな価値観に縛られていたなぁ、
縛っていたのは自分自身だったなぁ…

とか思いつつ、
ちょっと他のことをやったり、
音楽関係以外の人と接したりするうちに

「ちょっと弾きたいな…」
「少しばかり弾いてみるかねぇ…」

とか思うようになりました。

実はプログラムを5つくらい勝手に決めていたり
「オイオイ!コレ弾けるのかよ!」って思ってみたり
「う〜ん。やっぱりコレ、こっちかな?」とか
妄想したりしてる。

たまに自分のCD聴いて
「この人、コレどうやって弾いてんのかな?」って
なったりしてる。笑

…とは言え、その前に。

自分の場所を持ちたいなぁ…

って言うのが、ここ最近よく思うことで。

自分が安心して休んだり、
隠れていられたり、ボケッとできる場所。
自分が主体でいられる場所。

自分なりに、自分の音楽を好きでいられるように。

そういう場所を持ちたいなぁって言うのが
最近よく思うこと。
そんな感じかな。

それでは、また!
仲村真貴子