バッハをはじめまして。

こんにちは。仲村真貴子です。

「…自分で録音機材を揃えて
自分で録音を残していくといいね。
自分で録音技術を習熟すること。

バッハの平均律1日1曲で全部とか。
いい?『全部』だよ。
ベートーヴェンのソナタ1楽章ずつとか。

モーツァルトもいいね、
シューマンとショパンなんかも。
それとスクリャービンは続けてね。

フランス物は何でもイケるから
ラヴェルでもドビュッシーでも
あとは勝手にしろ。」

…笑。

世にはヤバいことを言う人がいるモンですね。

CD制作を終えた昨年の暮れに出た、
こんな話。

「ヤバいな…」と思いつつも一方で
「あ、いいかも…」と思う自分もいて。
そうやっていくと
一生のうちでかなりたくさんの曲が弾けて
それを残せるのかも…とか、
すぐ調子に乗ってしまう。

家に帰ってみたら
平均律全48曲のうちで
全くどこでも手をつけていないのが8曲。
1巻に至ってはわずかに3曲で
「コレ、意外とイケるかもしれない…」
と、結構その気になってしまった。
もっとも全く手をつけていない8曲というのは
大曲難曲揃いだけども。

それから機材とアホのような奮闘を続け
平均律以外のネタと迷ったり戻ったりして
やっとやり始めた。

目的は
「自分で作ること」。
その作ったものを
自分で届けること。
またはその練習、かな。

「バッハの世界を、
ワタクシのバッハを
世に知らしめたい!!」
…とか言うよりも。
全部やったらどうなるのか
実験してみたいって感じ。
山に登るのは
そこから見える景色を楽しみにするのと
似ていると思う。

どんなものが見えるのか。
どう感じて、
どう変わるのか。

「まず、バッハね。」

さて。
どうしてその気になったのか。

「録音」というものと
「自分」との関わりを考える時
実は原点は「バッハ」にある。

私の両親は音楽家ではない。
でも、家にCDやレコードはたくさんあって
今260枚ほどあるレコードを
また聞けるようにしようとしているところ。
当時の父のプレーヤーは震災で
破損してしまった。

母は中学校3年までピアノを習っていて
自分でピアノの先生を探したり
アップライトが欲しい!と言って
泣いたりしたらしい。笑
母の血を引いて私も手が小さいけど
母もその気になったら
結構いいピアニストになったんじゃないかな。

父はエンジニアだったけど
聴くことに関しては父の方が音楽好きかも。
我が家には父が「作った」スピーカーが
2組ある。

そんな訳で
日常、何となくよく音楽がかかっていた。

そして。

下校時刻の「夕焼けこやけ」じゃないけど、
寝る時間になると決まってかかるのが
バッハの「ゴールドベルク変奏曲」だった。

「不眠症に悩む伯爵のため」
という逸話がある、
全30の変奏がある大曲だけど。
物心ついた3歳くらいから
4つ年上の兄共々、寝るときは必ずコレ。笑

昨日はどこまで聴いた、とか
あの曲が好き、とか
そんな感想からスタートして
段々に最後がどうなるのか気になり
最終的には全部曲を覚えてしまって
おかげで全く寝なくなってしまった。

それで、
次に平均律に移り
ベートーヴェンとかモーツァルトになって
その辺りを網羅した頃には
そろそろ勉強も兼ねて
シューマンとかショパンを聴くようになった。

「録音を残すように」
「まずバッハ」

そして、
この話題に上がった作曲家の順番が
見事なまでに
「自分が聴いてきた順番」と
重なっていた。

それが、
今回録音を始めた理由かな。
「あぁ。いいかもしれない」
って思った、理由。
自分が音楽と関わった歴史を
振り返るのも悪くないかな、と。

自分が弾く側になってみて
思い入れとか思い出もそれぞれにあって
それをちょっと書いてみるのもいいかな?
と思っている。
曲と関わった思い出は「自分だけのもの」。
その意味で
自分の感覚と印象と弾き心地だけに頼った
全く学術的でないおバカな内容を
目指そうと思う。笑
学術的かつ崇高な内容は
他のどなたかにお任せして。
ネットで拾ってもどこにも
出てなさそうなヤツを。
全部で48曲、
プレリュードとフーガに分けると96曲もあれば
全部が全部大好き!とも行かない訳で。
そのうち平気で
「この曲、あんまり好きじゃありません。」
とか書くかもしれない。
それも、いいじゃん?という
開き直り万歳。

そんな訳で。
目で見えない音を
目に見える「カタチ」に
勝手に残す企画、スタート。

「見えるもの」からではなくて
「見えないもの」から、
何かが見えて、感じてもらえればいいなぁ…
なんて、ぼんやり願いながら。

それでは、また!
仲村真貴子