ぴあののはじめかた1

こんにちは。仲村真貴子です。

「…どんな風にピアノを始めたの??」
「小さい頃の練習時間はどれくらい??」
「親は厳しかった??」
「どんな本を使っていた??」
「レッスン時間、回数は??」

…最近、こんな質問を頂くことが増えてきました。
同時に、私自身も
「小さい頃、どんな感じでやっていたかなぁ?」
と思い起こすことが多くなり、
それを元にレッスンの内容とかやり方を
試行錯誤するように。

かつて使った楽譜を見直してみたり、
家族に証言を求めたり、
あるいは外国のやり方を見てみたり…
「やり方」っていうか「自分」を探るのに
いい時間になったんじゃないかな。

ピアノを始めたとき

「ピアノをやりたい!!」

…と言ったのは、
3歳の時らしいです。

「らしいです」

と言うのは、
記憶にないからです。笑

「記憶にございません」

と言うのは、
どっかの政治家か酔っ払いの常套句…
だと思うのですが。。
言った記憶は、ないですね。

3歳から「始めた」記憶はあるんだけど。

3歳になった頃、
私、誕生日が10月なんですが。
10月に3歳になった位に
「ピアノがやりたい!」
と申し上げたんだそうです。笑

「そのお言葉、録音しておけばよかったねー!」

って感じなんですが。笑

家庭環境としては
家族に音楽家はおらず、
親も特に「音楽家にしたい!」と言う熱意は
別になかった模様。

家には母が持っていたアップライトがあって
4つ上の兄はピアノをやっていました。

音楽家ではないけども
両親は音楽好きで、
家にCDやレコードがいっぱい。
実は父が元々持っていたレコードプレーヤーは
東日本大震災の影響で大破してしまったんです。

このたくさんのレコード、どうしよう…

ってずっと思っていたんだけど、
この度レコードプレーヤーを購入しまして
ちょっとレコードを復活させようかな?
と思っている次第。

ちなみに家にあったアップライトは
母のものだった訳ですが
母は5歳位から中学3年までピアノをやっていた。
そのアップライトは、
当時団地住まいで度々クレーンで釣られて運ばれる
アップライトを見て、
「あれが欲しい!!」
と言って泣いて欲しがった模様。
ピアノの先生は、学校の友達に聞いて
自分で探したそうで
熱意はなかなかビックリですね。

私は「ピアノがやりたい!」
って言ったのは、
兄がやっていたからマネしたかったのかな?
と思っていたんですが、
それはそれほど関係ないみたいで
もうちょっと自発的だったとか。

もちろん兄は音楽家ではなく…
ピアノよりも「物理現象」、
例えば音が出ることって物理現象だし
倍音とか音程っていうのは振動比だったりする訳なんですが
そんな興味からか物理的方向の研究職になりました。
発表会で「人形の夢と目覚め」っていう、
今ガス台かなんかのCMで使われてる曲弾いてたんだけど
結構上手でしたよ。(上から目線。笑)
リアルタイムっていうより
ビデオで見た記憶があるので…
私まだ小さかったかな。
そもそも、兄はあんまり発表会好きじゃなくて
出たの1、2回?だと思うし。

それでですねー、
3歳になった10月頃に
「ピアノがやりたい!」
と言ったらしいまきこちゃんなんですが、
親は「まだ早い」と思って
すぐにレッスンを始めた訳ではないんです。

理由はですね、
ワタクシ幼稚園受験なるものを経験しておりまして。笑
通う幼稚園によっては
遠くて大変なんじゃないか?とか
何となく落ち着かないかな?とか、、、
まぁ要するにまだ早かったんでしょう。笑

それでも、多分ちょっと弾き始めてたんでしょうね。

使ってた楽譜がコチラ:
新版 みんなのオルガン・ピアノの本
https://www.ymm.co.jp/feature/organ_piano.php

手元にはありませんが、
この横長の赤い本!よく覚えています。

でも、レッスンに持って行った記憶はないので
多分母と一緒にやっただけかな?
と思います。

「こんにちは」
「お願いします」

って言って、
ピアノのレッスンごっこして教えてもらったみたい。

その当時は練習を巡って大喧嘩する!
なんてこともなく。笑
かと言って、
ピアノが弾けて
「わー!!すごいねー!!(パチパチ)」
みたいな時期はなかった。
…と記憶しているので
念のため確認してみると

「うん。なかった。」

という、非常にあっさりとした答えが
返ってきたのでございました。笑

当時、茨城県は水戸市に住んでおりまして
国立の附属幼稚園をお受験した訳ですが
「落ちる気がしない」
みたいな、
ちょっと調子に乗った小娘で…。
何か、
子供らしくてカワイイ!!
みたいな子供とは、全然違った。

試験が終わって
「がんばったヨォ〜」
とか、空気を読まずに言っちゃうし、
最後の抽選でも
「受かったヨォ〜」
みたいな感じだし。

でも、一方で
人見知りで怖がりな面もやっぱりあって。
入試の時に
一本橋…確か丸いトンネルの上を歩くっていう課題が
やろうとしたけど怖くて出来なくて
「出来ません」って言ったみたい。
これは、覚えてるから多分そうなんだと思う。
何か丸いプラスチックの感じが
滑りそうで怖かった…ような記憶。

そんなこんなで幼稚園に入ったんですが
子供の足で片道20分以上あるんですね。
結構遠い。

それで、
親は幼稚園通うのに慣れたら…
と思ったらしいんですがそれでも

「ぴあのやる!」

って言ったらしい。

「練習ちゃんとするの?」

って言ったら

「する!」

って言ったらしい。笑

そんな訳で、
大体幼稚園入園と同じ位…
3歳の4月か5月に習い始めました。

音楽教室は家から歩いて3分くらいのところ、
先生は兄と同じ先生。

正直なところ、
それほどレベルが高いお教室ではなかったので
親はそれほど上手にならなくても
本人がやるって言うなら仕方ないかな…
みたいな感じだったようです。

実際は、宣言の通り
練習は割とちゃんとしてました。
多分今より真面目に。笑

変わってないなぁと思うのは、
超絶夜型で朝全然起きられなかったこと。
3歳児にして
「朝ごはんいらないから寝ていたい」
と言った覚えが。笑

それと、
当時から極端に小指が短かった。
事実、親は
「ちょっとヤバい…」
と思ったらしい。
お陰で、人に会うと
すぐに手を見てしまう
特に小指を見てしまう、と言う
変態性の強い職業病に。笑

もう一つは、
幼稚園がすごく楽しくて
友達がすごくたくさんいて…
と言うタイプではなくて。。。
何か器用に遊ぶのがあんまり出来なくて…
やることもあんまり速くないし…

そんな訳で
「ピアノをやること」
って言うのが、
1つ自分にとって
安全な場所だったのかもしれない…
ような気がします。

母自身がピアノをやった理由を聞くと
「祖母が病気で、祖父は仕事で
多分寂しかったんだと思う。」
と言っていて、その気持ち
何となくわかる気がする。

何となく
幼稚園だと自分の居場所がないような感じがして
何となく
ピアノでそれを埋めようとしていたような
今ならそんな風に思うかなぁ。

続きは、また!!
それでは。

仲村真貴子

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