芸術と「ロシア」

こんにちは。仲村真貴子です。

…今、ロシアの作曲家、チャイコフスキーの
オペラ「エフゲニー・オネーギン」を
聴きながらこれを書いています。

先日、「ワガノワ・バレエ学校」の
ドキュメンタリーをやっていて、
それが頭から離れず。

「芸術」や「音楽」を考えるとき、
「ロシア」と言う存在は
非常に大きなものがある。

私は世代的には
地図上に「ソビエト連邦」があったことを
ギリギリ知るくらい。
祖父母の家に貼ってあった地図とか、
家の地球儀を見ると
「ソビエト連邦ってデカすぎ!」と思ったり、
それが崩壊するのはよくわからない、
けれど大事だったと記憶しています。

名だたる音楽家は
ロシア系が本当に多い。
それを
「何でだろう?」
と思うのは、
恐れでもあり
興味でもあり、
もしかしたら偏見でもあるのかもしれません。

「一体、どうなっているんだろう?」
って言う。

極度の寒がりだし、
どうにも生活するイメージができない、
加えて以前はロシア音楽に対する
苦手意識も相当強かったので
ロシアに修行に行こう…
と思ったことはなく、
訪れたことはありませんが。

ドイツに行ったら、
私の師匠Pistoriusは旧東独の出身で
モスクワで勉強している。
奥さんはロシア人。
Pistoriusが休暇の間にお世話になった
Jussowはウクライナ出身。

ロシアとウクライナの話は
ここでは省きますが、
意外にご縁があって
「ロシア」と言うものの感覚を
近いものとして感じられたのは
収穫だったようにも思います。

でも。
私、ロシアに行ってたら
厳しすぎて死んでたかもしれない。笑

「ワガノワ・バレエ学校」といえば
先鋭集団も先鋭集団ですが。
「バレエ男子たち」に
スポットが当てられたこの番組。

若いオトコの子の肉体美!!
芸に打ち込むことの美しさよ!!!

…とかいう感想を書けばいいのかも
しれないけど。。。
それよりもただ「大変そう」と思うばかり。
ある意味ではかわいそう、とも思ったり
彼らがまだ二十歳前後と知って
何だか日頃の行いを
土下座したいような気持ちにもなりました。

バレエはご存知の通り
体型の問題が大きくあり、
体型が維持できないなら「退学」と言うシーンも。
加えて、
「向いていないなら、
早めに他の道を促すのも、学校の仕事である」と。

いやー、厳しいなぁ…
と思いつつ、
私が長年「教える」ことに興味が持てなかったのは
「辞めさせること」も仕事である…と
思っていた節があります。
芸事への憧れとか、
誰かにちやほやされたいから…
と言う理由だけではオススメしないよ!
とは、今でも思うかな。
まぁ、別にそんなのどうでもいいじゃん、
楽しければ!と言うのも
今なら多少はわかるけど。
それもそれで、アリ!だし。

彼らの個性や持ち味は
言うまでも無くさまざまで
オールラウンダーで成績トップの人、
ナンバー2だけど就職に苦労したり、
容姿端麗でモデルの仕事もしているけど
練習はイマイチ、
小柄だけれど非常に努力家…と言う4人。

…私も軽く大学の頃なんかを思い出して
少々ほろ苦い気持ちになりました。

ピアノはバレエに比べたら
持って生まれた「肉体」と言うものの影響は
大分少ないとは思いますが、
それでも思ったよりはある、とも思う。
小指がもう3センチくらい長かったら
多分ロシア物を余裕で弾けたかな?とか。

オールラウンダーみたいなタイプとか
あんまり努力家じゃないけど
器用に世を渡っていくタイプは
音楽家でもまぁそれなりにいて、
そう言う人を見て「羨ましい」と
悩んだこともありました…ね。
それは、どこの世界でも同じ。

一方で、美談かもしれないけど
背が小さくても「努力」で乗り越えて行く。

「日本人は、『努力』と言う言葉が好きで…」
と、揶揄されたことがあって、
非常に傷ついた経験もあるし。
昨今では「努力信仰」と言う言葉もあって
それも、わからなくはない。

でも、校長先生が
「持ち物が素晴らしいだけでは、ダメ。
努力しない者に、成功はない。」
と言うシーン。

これは、
「希望である」と思いました。

ハンディや困難があったとして、
そのせいにしていたら
いつまでも何もできない。
人間って「やらない理由」「できない理由」
を探すのが結構上手で、
何かのせいにしてしまう。
お金のせい、とか
体のせい、とかね。

けれど、
それは「真面目でストイックな努力」とは
少し違う、
現実に「あるもの」を
きちんと把握することから始まる。

「仕方ない」「変えられない」ことなのか
「変えられること」なのか。
そこはきちんと分けて考える必要がある。

身長は変えられない「事実」で、
その上で「どうするのか」。
そこは、自分次第と言うことですね。

小指が短い、手が小さいなら
ハッキリ言ってピアノにはあんまり
「向いてない」ですが。
それを理由にやめるのか
それを分かった上でどうにか何とかしようとするのか?は
「自分次第」。

おかげで工夫すること、頭を使うこととか
洞察力が鍛えられるとか、
あるいは人の「弱み」が分かってあげられるとか。
多少は努力することも、
覚えたことでしょう。多分ね。

本当の本当のところは
「自分をよく知るところ」から
スタートするようですね。
そしてその先は「あなた次第」です。

…って、ロシアの話から外れちゃった。
まぁいっか。笑

それでは、また!
仲村真貴子