「スターウォーズ」の思い出②

こんにちは。仲村真貴子です。

「スターウォーズ」にまつわる話。

光か闇か、
善か悪か、
流れる「家系の血」か、
あるいは「禅」からのインスピレーション
…なんてことがテーマとして
あるのだと思うけれど。

私は基本的に、
「特殊な能力を、どう扱うか?」
って言う話だと思っています。

特殊な能力…つまりは「フォース」。

どう扱うか…
と言うか、
どう付き合うか…
と言う方が、近いかもしれない。

なぜならば、
「フォース」を持つ人って、
本人も周りも大変だと思うから。

いい例が、
「アナキン・スカイウォーカー」。

類稀なる才能を「無意識のうちに」使って、
それに気付いたら今度は有頂天に。
その「才能」を、周りがどう扱うかも困って、
本人も自身の持つ力に、
返って首を絞められるようになる。
やがて、それを悪用しようとする人が現れて、
ダークサイドに堕ちてしまう…

…要するに、こんな話ですよね。

「人と違う能力を持つ者は、
大変!」

…と言う話。

本人も戸惑い、
時には有頂天になり、
周りも困る、
あるいは、
嫉妬されたり、
悪用されたり。

自分の音楽的な才能に置き換えて、
「天才に生まれたかった」
と嘆いたことがあるけれど、
天才は天才で大変だ…とも思う。

その「才能」を持ってしまった
「責任」があるから。

アナキンがダークサイドに堕ちてしまうのは、
映画とは言え、
もったいない話ですよね。
その「才能」を、
いい方向に生かすことができれば
よかったのに。

でも、
意外と現実社会では
よくある話である気もします。
特に、音楽とか。

ルークは、
アナキンほどにはフォースが強いわけではなかったけど、
周りの人に恵まれた。
本人も、曲がったところがない性格だった。

カイロ・レンは、
実は自分にそれほど能力がないことを
知っている。
だから、
嫉妬したり、
強い力に憧れたりする。
自分に無いものを欲しがる。

レイは、
自分の能力に、まだ気付いていない。
気付いていない、と言うか、
本当はわかっているけど
自分の持つ「特別な力」が怖い。

なぜならば、
その「能力」を持つことに
「責任」や「運命」じみたものが伴うから。
先に、事の重大さがわかってしまう。
でも、どうしてその能力を持つのか、
わからないから、大変。

…こんな感じかしらね。

「スターウォーズ」の初期の頃の作品は、
今ほどにCGなどのエフェクトが発達しておらず。
けれど、だからこそ「宇宙」とか「フォース」と言った
発想が斬新だったのかもしれません。

「フォース」を持つ者の、
「宿命」や「責任」と言ったもの。

「フォース」とは、
本当は超人的な能力のことではなく
誰しもが持つ
「才能」のことでは無いかと思うのです。

人と違った能力とか、
人より秀でた能力とか。

おそらくそれは、
誰もが持っているもの…

けれど、それは気付きにくいもの。
他の人のものが羨ましいこともあれば、
持っていると「大変だから」、
認めなく無い時もある。

そんな時は、
マスター・ヨーダ・
または、
愛すべき頑丈なドロイドたちが
助けてくれるものですね。

そんな訳で、

“May the Force be with you, always!!”

この言葉は、
「自分事」であるようです。

(…という、
実は単に「スターウォーズ」大好きな人!
みたいなブログになりました。笑)

それでは、また!
仲村真貴子



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