コピー譜の山。

こんばんは。仲村真貴子です。

ようやく部屋の片付けに着手。「部屋の片付け」と言っても、メインは楽譜の整理。音楽家あるあるだと思います。

きっかけは、
「そう言えば、〇〇の楽譜どこだっけ?」
となったから。
こちらも必要に迫られて。(笑)

棚を空にして移動して、楽譜の山がうずたかく…
というのが部屋の現状。早く打開したい。

問題は、いわゆる本になっている楽譜ではなくて、コピー譜たち。
自分のソロも、伴奏関係のものも、なんだか無数に存在する。たまに必要な書き込みもあるし、ちょっとウケる書き込みもあり…。でも、所詮はコピー譜、思い切って処分するかな…と思ったその瞬間に必要になることもあり、なかなか頭を痛める問題でございます。多分、選別して残すと思う、今回は。

コピー譜を眺めて考えるのは、「タブレット」。

最近、タブレットを使って演奏する人もよく見かけるようになりました。
タブレットがあったら、この紙たちがなくても…という、便利さ。

でも、私は本来、コピー譜ですら抵抗があったほどの本になっている楽譜好き。(コピー譜の製本は大好き。笑)
留学途中から、そんなこと言ってる場合じゃなくなり、さすがにコピー譜を使うようになったけど…タ、タ、タブレット…。

タブレットか、紙の楽譜かについて、長所短所はご想像の通り。
興味があるとすれば、

「紙の楽譜を見た演奏と、
タブレットを使った演奏で
演奏に違いが出るのか??」

ということ。

演奏するときというのは、そこにいる人、そこにある楽器、空間、温度湿度、明るさなどなど、あらゆるものから影響を受ける。

だとすると。

紙の楽譜とタブレット。

タブレットを使うと、やや電子音ぽくなる、とか、
スマートな現代っぽい音がする、とか。
あるのかなぁ…。

暗譜と視奏に違いが出るのは承知の通り。
では、媒体の「質」が違ったら、どうなのだろう?

やってみたら、面白いかもしれません。
(…え、別に面白くないかなぁ…笑)

それでは、また!
仲村真貴子