その「瞬間」に勝負を掛けること

こんにちは。仲村真貴子です。

「オレ達の職業っていうのは
直接会って、
その『瞬間』っていうのが勝負なんだよ。

遠路遥々出向いて
その『一瞬』で
『はい、さようなら』って、
そういうことがザラにある世界。」

…先日、とある人と話していて
秘かに「名言だ」って思ったセリフ。

いや、少々刺激が強いけども。

「直接会うこと」の感覚が難しい中で
それでも、
いや、それだからこそ
「直接会うこと」の価値を
誰もが考えるのだと思う。

「直接会うこと」に、
どんな意味があるのか?を。

けれど、
直接会っても、会わなくても
「その瞬間」に勝負すること自体は
実はあまり変わらないと思う。

でも。
「直接会う」ことでの
「その瞬間」は、
文字通り逃げも隠れもできない、
「命懸け感」が増すはずだ。
お互いに。

この前、
WOWOWのX JAPANのライヴと、
某サッカーの試合を
どっちも見たいから同時並行で見る!!
…なんてことをしていた。笑

X JAPANのライヴは、
確か台風の時の無観客ライヴ。
サッカーは、
観客5000人以下など、
様々な制約が設けられている。

「…こんなペースでライヴやったら
YOSHIKI死んじゃいそうだね…。」

とは、一緒に見ていた家族の感想。

無観客だからって、
手を抜くことはないし、
やることは変わらない。

けれど、
「直接会う」ライヴを経験している私にとっては
変わらないその「本気具合」に
却って心苦しいような
切ないような感じがした。
本気だからこそ、
そこに人がいない事実を
突きつけられてしまう、というか。

X JAPANのライヴ映像は、
本当に観客の声が多く入っていると思う。
「気合入れて行くぞー!!」
ってのは、
要するに
「お前らも本気で来いよ!」
みたいな、
「この瞬間」の勝負そのもの。

ライヴに誘われた時には
本当にビビったけれど。
その空間は予想外に
「美しかった」ことを
覚えている。

美的感覚的な「美しさ」というよりも、
本気の、命懸けだからこその
「美しさ」

…って言ったら、説教臭い?笑

クラシック音楽をやる身からして
敢えて上から目線なことを言えば、
クラシックにリスペクトがあることが
すごく誇らしく思えたりする。

サッカーであれ、
ロックであれ、
クラシックであれ。

「好きなことを職業にできるのは
幸せなこと。」

とは、よく言われるし、
特に否定はしない。
まぁ、そうなんだと思う。

でも、
「好きだから
好きなだけで
苦労なく楽しくやってきました…」
というのは、
全くの幻想だと思う。

周りの環境への感謝も
もちろんあるけれど。
それだけでも成り立たないのも
きっと事実。

遠路遥々の「一瞬」の勝負の
厳しさや儚さ、
残酷さややるせなさも
一応知っているつもり。

ドイツの入試とか。
本当に一発芸か、CMみたいだったし。

「好きなこと」を職業にした
本当の幸せとは
「本当に」打ち込むことができたことの
幸せだと思う。

本気で。
命懸けで。
全身全霊で。

…なんて言うと、
「オマエの全身全霊は
そんなモンか?」
って声が聞こえてきそうで
怖いけど!

言わせて貰えば
人を羨む人の多くは
「本気で打ち込む経験」を
したことがないような気がする。

本気で打ち込む
大変さとか、
怖さとか、
素晴らしさとか。

「気合入ってるもの」って
美しいのよ、多分ね。

「直接会うこと」
「その一瞬に掛けること」

…そんなこと考えてたら
私も本番のことがよぎって
ドキドキしてくる。

でも、何も本番や舞台だけに限らず。
「人」に相対する時には
共通する話。

緊張しても、
怖くても、
一瞬にかけて
その人に直接会ったら。

仮にその時うまくいかなくても
その後、価値あるものに
なるんじゃないかな。

その時、本気だったらね。
多分、きっと。

それでは、また!
仲村真貴子

追伸:
ヤバイ、
今日またサッカーじゃん…。