心理状態

こんばんは。仲村真貴子です。

…昨日の、世界卓球での張本選手の試合とインタビューを見て、ちょっともらい泣き。

スポーツ観戦は基本的に何でも好き。一時期は、サッカーの年チケ持ってたし。何が起こるかワカラナイ瞬間、その異空間に魅せられるから、というのがハマる理由だけど、同時にそれは、正直かなり疲れる。

なぜか。

感情移入するから。
あるいは、その選手や、その瞬間の「心理状態」を探ろうとするからだと思う。

音楽家は、ある意味アスリートのような側面を持っていると思う。
人前に立つ舞台では、当然緊張を強いられる。「イヤなら辞めればいい」というのと、「イヤなら辞める、と言えたらどんなにラクか…」みたいな、謎の自問自答をし始めたり。(笑)

ここ最近、うまく行くかどうかの鍵は、「修正能力」だと思ってきている。

試合中、演奏中、あるいは本番以外の準備期間においても、いつもいつも順調で調子が言い訳ではない。

そんなときに、どうするか。

ひとつは、問題が何か、どこにあるのかを突き止められること。
それに気付けるか、どうか。

「何かヘンなんだけど、何がいけないんだろう…」みたいな。

…これも、結構すぐにわかるときもあれば、冷静な判断が難しいこともある。
例えば、自分の録音を聴いて「悪くないけど、何かヘンなんだよな。」と思うこと。
ヘンなのは自分が悪い、と思わなくもないけど(笑)、気付けるのは「第一歩」ということにしておく。気付けないと、進めないから。

次に、「その解決策を、自分で持っているかどうか。」

…これもまぁ、難しいよね、と実感しているところ。(苦笑)
そのために、先生とか、コーチとか、監督がいるのだとは思うけど、結局のところやるのは自分な訳で。特に音楽家はいつまでも先生を当てにするわけにはいかないし、この解決策を持てるかどうかは重要なはず。この引き出しを持つには時間もかかるし、痛い思いもするけど…問題に気付いておきながら放置するのは、犯罪のような、詐欺のような気がしてくる…。

卓球の試合を見ながら、私も自信が欲しい、強さが欲しい、と久々に。
スクリャービンの「心理状態」という副題がついたソナタを割りと弾いたせいか、移ろい行く「心理状態」には少々敏感なようです。

自分で「気付く」ことができるかどうか。
それを、自分で修正できるかどうか。

そんなところで。

それでは、また!
仲村真貴子