コンクールの夏

こんにちは。仲村真貴子です。

夏といえば「コンクールの季節」と
反射的に反応するのは、
長年染み付いた悲しい性かもしれません。

東京に引っ越した時の夏でさえ
「コンクール」と言っていたので。
かれこれ25年くらい。
さすがに自身のものとして
コンクールに関わることは
そろそろもうないだろうなぁ…
と思うのは、少々ホッとした気持ちです。

初めてのコンクールは小学校4年の時。
それこそ、引越しと同時でしたが。
当時は、やっとコンクールに出られる年齢になった…
というのが、結構嬉しかった覚えがあります。
ちょっと大人の仲間入り、
弾ける人の仲間入り、みたいな。

でも、こんなに長い付き合いをするとは
思っていなかったなぁ。(笑)

都内でも、
意外な場所にステキなホールがあるのを
見つけるのは、楽しい一方で。
暑さ対策と冷房対策、
電車とか雷なんかの不可抗力、
指慣らしはできるのか、
着替える場所はあるのか…などなど、
精神力と想像力を鍛えられた気がします。
…書いてるだけで、
ちょっと緊張してきた。(笑)

ドイツに行った頃には、
正直コンクールとか
品定めされる場所で弾くことには
心底疲れていたけれど。
場所を調べて、
宿を予約して、
手続きをして…
という、準備段階でやること1つ1つに

「本当にやる気は、あるのか?」

と、自問自答している気分になった。
何回やっても、
慣れることはなかったもの…。

外国のコンクールだと
日本では絶対にお目にかからないような
奇人・変人的ピアニストが
少なからず存在します。(笑)

強烈な個性、というか
奇人・変人的領域。(笑)

プログラムにしても、
得体の知れない曲を
うまいんだか下手なんだか、難しいんだか
よくわからない感じで組み込むのが
上手いですね。(笑)
あるいは、有名な作曲家の、
マイナーな曲とか。
ロシア系のピアニストとか、イタリア人なんかは特に。

自分に足りないものは、
奇人・変人具合…!!

なんて本気で思ったこともあり…
真偽の程は、
ご想像にお任せしますが…

コンクールというものは
「結果」がつきもので、
欲もなくチャレンジする…というのは
不可能だと思うんです。
個人的には、
賞を獲って得た自信よりも、
落ちて失った自信の方が多かった。

奇人・変人具合を求めるか、
はたまたハングリー精神が必要か…

それも一理あるかも知れないけど。

音楽とは「競争ではない」ことの、
本当のところを
もう少し考えればよかった…
とか思うのは、
離れたからかも知れませんが。

彼らにある
奇人・変人具合なんていうのは
言い換えれば「独自性」で、
結構自由なんですよね。
だから、何でもアリ!だし、
真似はできない。

「アピールする我の強さ」
なんて思ったこともあったけど、
それはちょっと違うかな。
「人とは違うことの喜び」とか
「自分であることの喜び」とか。
人に点や評価をもらうことの前に、
「自分」を見せる、みたいな。
それが、受け入れてもらえれば嬉しいし、
そうじゃなかったら、
まぁ仕方ないよね…
っていう、
そういうもの。

夏場のコンクール。
日本だったら
「エアコンで冷えないようにね!」
と言いたいけれど、
外国ならば
個性的な汗の飛び散り方も
見ものです!
…なんちゃって。

「音楽」とは競争するものではなく
独自のメッセージを伝えるもの。
そこに迫るのに、
あちこち行って戻ってきた気がします。

それでは、また!
仲村真貴子

追伸:
画像があると「絵日記みたいー!!」
と思うけど。
絵日記は「絵」の方が苦手だった。
よって、結構時間がかかってる。
楽しいけども。
あ、文章の方も。
要するに、
思ったより時間がかかってる。(笑)