「復活祭」が過ぎまして。

こんにちは。仲村真貴子です。

ヨーロッパでは「復活祭」が過ぎまして
聖金曜日に葬儀が行われた祖母も
復活しているかもしれません。
クリスチャンだったし。

伯父(母のお兄さん)の一周忌の準備をしていた
3月初旬に伯母(伯父の奥さん)が倒れ、
それでも無事に一周忌の法要を済ませた
二日後にその伯母が亡くなり、
そこから1週間後に父方の祖母が亡くなりました。
1週間に葬儀が2回…というのは
さすがに辛いものがあります。
また、法要も含め、2回の葬儀を
ほぼ取り仕切る形になった両親が心配…
というのも、本音であります。

自分としては、
昨年同様に2月に体調を崩してから
何となくペースが上がらず、
そのうちに大変なことになって
いつの間にか4月になった…という感じ。

亡くなった「後」というのは
手続きなども含めて
「決めなければならないもの」が非常に多く、
それらは迅速である必要があって。
本当に、
「時間は待ってくれない…」というのを実感。
悩んでいる暇って、ないんですよ。
ある意味、冷酷で、事務的でさえ、ある。

一方で、
施設の方や、
お見舞いにいくついでの
行きつけのお店のマスターの言葉が
いつも以上にありがたかったり、
コロナ禍において
人と直に触れ合うこと
人に直に触れ合うことの尊さだったり
リモートだからこそ頻繁に会えた
遠くに住む親戚だったり
リモートと「リアル」の
双方のいいところと難しさを感じたり…

あぁ、そうか。
リモートか会いに行くか
選ぶことのできる「自由」?
欲しかったのは選択の「自由」?
自由の貴重なことよ!!
とか思ったり。
様々に揺れ動く感情で忙しく、
「人」っていうのは
こんなに「感情」が動くのか…みたいにも思ったり。

短期間に父方・母方双方の親戚と相対すことになり、
それはいわゆる「人物相関図」が
リアルに目の前に現れるような感覚でもありました。
そこには、「自分のルーツ」というか
「血筋」を手繰るようなヒントも。
「人の死」に接した時に見えてくるものは
故人が遺したもの…だけではなくて
故人に繋がりがあった人の「意外な一面」でもあります。
中には、直視するには重いものもあって…
それを見ようとする人、
見ようとしない人、
見せないけど内面に持っている人とか
様々に感じました…。
とか書いたら、妙に冷静すぎるかな。

さて、祖父の葬儀の時と同様、
祖母の葬儀では
「いいからオマエ、ピアノ弾け!」
となりまして。笑

これも全然時間ないんですよ。笑
「明日、お願いね。」っていう。
うぉ〜う、はいはい。
今回は賛美歌も?!
OK、了解でございます。
今でも賛美歌が頭をぐるぐるしております。

それで、
即断即決で
弾きたいもの
弾けるもの
場にふさわしいものを決めて。
練習。
結局、20分位のプログラムになってました。笑

葬儀では半分お仕事…みたいになって
めちゃ緊張した。

でもね。

自分が
「音楽家でいて、いいのかもしれない…」
って思うのは、
意外にもこういうとき。

音楽って元々は
「鎮魂」なんですよ。

「癒しをもたらす」
とか言っても、
普段はなかなかそれを感じにくくて。
楽しければよかったり、
あるいは芸事の一つだったり、
そこで勝つためだったり、
賞賛が欲しいためだったりする。

時間が待ってくれない中で、
特に「葬儀」となると
本当に自分の持っているものが
試される、
というか全部バレちゃう訳ですよ。

それは、
上手い下手とかいう話じゃなくて
自分の音が何を持っているのか。
つまりは
自分が何を持っているのか?
っていう話になってくる。

性格が悪かったら
性格悪そうな音がするし、
人の悪口を言って平気なら
無神経な音がする、
そういうモン。

だから、
自分が「いい音を出したい」と願うときは
テクニック的な鍛錬もそうだけど
自分が音を出すに値するか?
その責任を取れるか?
そっちの方が大事かもしれない。

そんな訳で、
選んだショパンとシューベルトとシューマンは
祈りであり
願いであり
感謝。

祖母が存在しなかったら
私も存在しない訳で。
音楽を続けられたことにも、
感謝を。

「音楽家」っていうのは
亡くなった作曲家によって生かされているような
側面があって、
その意味でいつでも「復活」できるのかもしれません。

葬儀の後に叔母(父の妹)が
「やっぱり身内が弾いてくれると違うよね。」
と言ってくれて、ちょっと嬉しかった。

私が音楽でできることが
人を癒すことだったり
人を慰めることだったり
人に寄り添うこと…だとして、
それが少しでも出来ていた…としたら。
少し誇らしく思うのであります。

それでは、また!
仲村真貴子