11月22日 リサイタルに寄せて〜その11 「ゲームにおける論理性」〜

こんにちは。仲村真貴子です。

スクリャービンにテトリスとかやらせてみたら、
超うまそう…とか思う。
左手ばっかり使ってそうだけど。(笑)

最近、高校の頃の友達と連絡を取ってみると。
「え??もしかして、ゲーマー??」
「昔から、携帯のゲームにめっちゃハマってたよね…」
…どちらも言い得て妙。大正解でございます。

以前、ゲームについて書いた記事がこちら
↓↓↓

https://makikonakamura.com/%e3%82%b2%e3%83%bc%e3%83%a0%e8%84%b3

いまだに続いているキャンディークラッシュは、5300を超えました。
その時間と労力と熱意を、別のことに…と言うツッコミは、甘んじて受け入れるとします。ゲームから距離を取るために、携帯を触らない間にタイマーを設定して木を育て、触ると枯れてしまう…と言うゲームを始めました。
毒には毒をもって制す、ゲームにはゲームをもって制す。
しょーもないですね…。

俗に言う「落ちゲー」と言う類の、パズルがとにかく大好きで。
「とりあえずどうなってるか観察して…」
「ここをこう繋げたら、うまくいく」
「ここのところ、入れ替えるの試してみようかな」
「最後はアイテム使って終わろう」
「あ、なんかクラッカーとかでお祝いしてくれてる…」
…こんな感じの流れは、ピアノやってる時の流れと同じ。(←大丈夫か?笑)
でも、音楽だと感じられない達成感が割と簡単に手に入ってしまうところが、続いてしまう原因かもしれない。

そこで、例のスクリャービン。
神秘性なんかを謳っているけども、彼結構パズルが好きで、上手だと思うんですよね。実は明晰。わかりやすくはない…と言うか、扱いやすくはないけども。と言うのは、そのパズルのピースが割と小さいんです。休符とか、付点とか多いから繋がりにくい。切れやすい。ピースだけが先に見えてしまう、と言うか。その辺り、やっぱりベートーヴェンに近いと思うんだけど、ちょっと悪いところ受け継いでる感じがする。(笑)ベートーヴェンは、実際のオペラや歌の入るものだとぶつ切りになりやすいし、スクリャービンも歌曲はわずかに1曲書いたのみ。
あるいは、意外にピースが小さいと言う点では、結構近いのがブラームス。でも、ブラームスって、そのパズルが横よりも縦に凝っていて、そこがスクリャービンにも通じる感じがする。立体的。建造物のような。
まぁ、でもブラームスはテトリスやってくれなさそう。(笑)
やってるとしたら、ジェンガとか、レゴとかかな…。結構、ハートマークとか付いてるカワイイヤツ作って、ニンマリしてそう…。

スクリャービンにテトリスをやらせてみたら…
と言うか、テトリスを作ったのがベートーヴェンだとしたら。
「この形のピースは、こうやってハメたら結構うまくいくんだよね〜」とか言いながら攻略してそう。
そのうちに、ピースに変な色付けてみたり、奇抜な形のピースを作り始めちゃったり、謎のエフェクトとアイテムを開発したり。
そして、それを扱えるのは「オマエだけだよ!」と言ってやりたい。(笑)

…論理性を持ってゲームを攻略したら、ピアノが上手になって音楽が深まります!とか言ったら、ワタシのこの私生活も許してもらえるかしら。…

それでは、また!

仲村真貴子
Facebook→@MakikoNakamuraPianist
twitter→@N_Makkinko
instagram→@makkinko_nakamura